2010年10月27日

旧山陰街道、樫原から首塚大明神までの道沿い写真

阪急桂駅南にある川島踏切を西へ進むと、古い宿場町樫原を通ります。
この先、旧道は生活道路や廃道、一般車両通行止めなどの現代版難所を潜り抜けて亀岡市の遊歩道となっている山陰古道へ続いています。
昨日、その洛西の旧山陰街道をバイクで行けるところまで走り、調べました。

出発地点は、阪急桂駅から西方に約1キロの樫原から。
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三宮バス停のある場所でバス道は南に曲がりますが、ほぼ直進方向にある狭い上り坂が昔の旧道。
ここを200メートルほど昇り、やや下ると先ほどのバス道に合流します。
しかし、バス道から山側の方に細い道が続いており、どうもこちらが旧山陰道だと思われます。
この道も数十メートルで再びバス道に出てしまいますが、この出口(下の写真)には、「樫原札の辻 三士殉難の地」の案内板があります。
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バス道をほんの少し進むと、すぐ新山陰街道を通って現在の国道9号線の秤谷交差点に出ます。
写真で写っている黄色い車のある辺りが旧道から新山陰街道に出るところ。秤谷交差点はすぐ目の前です。
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この秤谷交差点を新山陰街道から直進横断すると、再び旧道に入ります。
写真の正面にある道路が旧道です。
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この周辺の旧道は、1990年代までは古い民家の間を走る鄙びた道だったのですが、
今は開発が進んで道沿いに住宅街が押し寄せています。
ここは筍の名産地「塚原」のバス停。9号線にも同じような名前のバス停がありますが、国道塚原となっていて、この旧道にあるバス停がオリジナルです。
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道沿いにはこのような虫篭窓のある旧家もところどころ残り、旧道の風情があります。
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ここは桂坂のニュータウン入口の交差点。
ここを右折して坂の上に向かうと、国際日本文化研究センターがあります。
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更に300メートルほど行くと山陰街道沓掛という場所に辿り着きます。
ここはかつて明智光秀軍が老ノ坂を越えて京都に進軍したとき、休憩の後に二手に分かれた場所らしいです。
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国道9号線を渡ったところから、この山陰街道沓掛周辺までの間は、主に北側に天皇陵や小さな神社などが多数点在する地帯です。

更に道を直進すると、景色がこのようにケバくなってまいります。
御休憩とかご宿泊のホテルが立ち並ぶ場所です。
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そのホテル街の中で、再び国道9号線に出てしまいます。
ここから少しの区間、旧道はどこにも見当たりません。旧道の上に国道9号線が走っているのか、旧道跡はもはや消滅したかは分かりません。
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旧道が無いので、国道を西に200メートルほど行きます。
左に京都成章高等学校が見えて、その先に信号があるところを左折します。
この先、左は京都成章高等学校、右は霊園になっています。
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旧道はこの霊園の方向に進むのです。よく見ると柵で閉まっているのですが、いかにも旧道っぽい道が小畑川の向うにあるのが見えます。
道の細さやその道のある場所的に旧道と思われるのですが、道が風化しているらしく、どこからその道が始まっているのか分かりません。
おそらく、石材店の隣にあるこの橋を渡った白い鉄筋の建物付近から道が左に伸びているのではないかと思いましたが、ネットを探すともう一本近くに橋がある地図があったので、
この日は気づかなかったのですが隠れたルートが石材店の付近に隠れているかも知れません。
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川向こうのガードレールがある道がその旧道と思われる道です。
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しかたなく霊園に向かう“新道”を進むと霊園事務所があり、この裏側に旧道は通じていて、ふたたびバイクで通れるようになっています。
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霊園事務所の裏手に回るとすぐに京都縦貫道の高架があります。ここから先は洛西散策の森となっていますが旧道とは特に関係は無いと思われます。
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しばらく右に京都縦貫道、左に霊園を挟まれた舗装道路を進むことになり、旧道の風情はまったくありません。
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やがて京都縦貫道の新老ノ坂トンネル入口に着きます。
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このトンネル付近で旧道の方は道に鎖がかけられ、車両は通れなくなっています。
でも特に立ち入り禁止の表示はなく「鎖に注意!」みたいな案内だけです。
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ここから先もまだ舗装のつづら折れの坂が続いています。
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この先はバイクで行けないので、一旦亀岡市側から回りこむことにしますが、
徒歩でなら通ることが可能なよう?です。
しかし国土地理院の地図で見てもこの先、道らしきものは書かれていませんでした。
ただ歩いてここを訪ねた記録がネットにいくつかあるので、実際に歩いて通れるみたいです。

亀岡市側から旧老ノ坂に回り込みました。バイクで行ける限界がここです。ここも道に鎖がかかっています。
ここは酒呑童子が源頼光に首を切られた首を埋めたという首塚大明神のあるところです。
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首塚大明神はこのように行き止まりの場所の目の前にあります。
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そこから数十歩西に行った場所には、旧国境を示す国分石がこのように今でも鎮座しています。更にここから先の亀岡市側には、遺跡のような道標などまだ残っています。
道はここからしばらく“古道”として生活道路というより農道になっていますが、やがて樫原付近のような古い民家がある道になり旧亀山の城下町に向かっています。
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このように京都洛西の旧山陰街道は、特に老ノ坂で廃道と化していますが、そこまでの道は今でも古い民家や神社などが所々に目に入る、旧道にふさわしい味わいのある道になっていますが、一方そのすぐ横では京都縦貫道と名神高速を連結する工事も行われている最中で、近代世界と古代が数十メートル隔てて隣り合わせの旧山陰街道です。
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タグ:旧山陰街道

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posted by 春之助観光舎 at 10:19| Comment(0) | 洛西ヒストリカル | 更新情報をチェックする
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